【スタッフ日記】憧れの人との出会い
安ちゃんです。
今日は8月15日、敗戦の日です。今の日本の礎として尊い命を捧げられた英霊に感謝の誠を捧げるとともに、私たちが享受している平和な日常が、多くの方々の犠牲の上に成り立っていることを深く胸に刻み1日を過ごしたいと思います。
さて、今日のテーマですが、、、、私は、会ってみたいと心底思った方と絶対に会える強運を持っていると信じています。
いまのところ、私が心底憧れて、どうしても会ってみたい!と願った人とは、世界中のどんな人でも、なぜか偶然が重なって実際に面会する機会を得ています。(敢えて“どなた”とは個々には書きません)
その中でも、お会い出来て嬉しかったのは小野田寛郎さん。 今年の1月16日で13回忌、13年前に91歳でご逝去されました。


終戦後も29年間フィリピン・ルバング島でゲリラ戦を継続した方。
陸軍中野学校で遊撃戦・諜報・諜略・防諜・偽装・潜行・破壊などの特殊任務を叩き込まれ、残置諜者としてフィリピンに着任後は、戦後も連合国に占領された傀儡政権の日本を奪還することを任務として戦っていた方です。
小野田さんの凄いところは、隠れていたのではなく、戦っていたところ。29年後にも銃は錆ひとつなく、ピカピカだったそうです。
もともと私は思春期の頃からサムライ魂を持たれた軍人の小野田さんの大ファン、というよりもその精神力の強さを尊敬してやまない青年だったのですが、私が20代後半だったか30代前半だったかのある日、仕事で懇意にしていた某経済大学の教授に誘われて経済勉強会に参加した際に、お隣でコックリコックリ、ウトウトとお休みになられながら参加されている女性が、なんと奥様の町枝さんという偶然。勉強会後に長い眠りから覚められた町枝さんと名刺交換をして初めて気が付きました。「えっ。。。小野田。。。町枝さん。。。。ですか。。。。」と突然緊張してご挨拶をしたのを覚えています。そして小野田さんへの尊敬の気持ちをその場で熱弁しました。突然、図らずも小野田さんへのパイプが繋がりました。小野田さんが77歳の時でした。
小野田寛郎さんについてご存じない方は、「わがルバン島の30年戦争(講談社)」を是非是非是非、読んでみて下さい。とんでもない方です!!! 小野田さんの署名入りの御著書は私の宝物です。

宗教的な心得はありませんが、会いたいと強く強く思っていると、自然と磁石に導かれるようにお会いすることが出来るのが運命だと信じています。
でも既に、、、会いたい方とは、意外と簡単に皆さんに会えてしまったので、いま、それほど迄に強く会いたいと思える人が残っていません。。。少し悲しい事です。。。


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