【スタッフ日記】気になっていたこと4-3(アメリカ大陸・後半)

ヤブです。
アメリカ大陸に関しての最後の疑問のです。

前回までに中南米が
・「ポルトガル」の植民地は1つの国として
・「スペイン」の植民地は10以上の複数の国分かれて
独立した経緯を説明させていただきましたが、
北米はイギリスの植民地が「アメリカ合衆国」と「カナダ」と
2つの国に分かれて独立することになります。

「スペイン」「ポルトガル」に遅れ、
アメリカ大陸に進出を果たしたヨーロッパ諸国の中でも、
特に積極的だった「イギリス」と「フランス」が
北米での覇権を握っていくことになります。

先に定住地を築いたのは「フランス」で、
タラの大漁場であった北米の中でも東海岸の北側を拠点に、
徐々に内陸に進出し、先住民との毛皮交易を行いながら、
植民地を拡大していきました。

「イギリス」は北米の東海岸中央に、
農業を軸に開拓を進め13の植民地を築いていきました。

「イギリス」の植民地が拡大するにつれ、
「イギリス」と「フランス」との衝突の機会が増大していきます。

ヨーロッパにおける「イギリス」と「フランス」の覇権争いが
激しくになり「七年戦争」に突入、
触発された北米での両者の争いも激化の一途を辿り、
並行して「フレンチ=インディアン戦争」が勃発します。

この戦いに勝利した「イギリス」は、1763年のパリ条約で、
「フランス」が放棄した北米の植民地の大部分を獲得し、
よって「イギリス領カナダ植民地」が誕生しました。

「イギリス本国」は先の戦争の出費を賄うため、
植民地に砂糖法・印紙法・茶法などの課税強化を押しつけました。
これら「イギリス本国」の課税政策は植民地の反発を強め、
ついには「アメリカ独立戦争」に発展していきます。

13植民地(※)は1776年にアメリカ独立宣言を発し、
1781年までに勝利を収め、アメリカ合衆国として独立を果たします。
(※13植民地:デラウェア、ペンシルベニア、ニュージャージー、
  ジョージア、コネティカット、マサチューセッツ、メリーランド、
  サウスカロライナ、ニューハンプシャー、ヴァージニア、
  ニューヨーク、ノースカロライナ、ロードアイランド)

 
「イギリス本国」は独立運動に対抗すべく、「カナダ」の中で
人口も多く経済力を備えていた「ケベック」を味方につけるため、
ケベックのフランス系住民に対し、そのカトリック信仰、
フランス語の使用、フランス民法の適用等を認めました。

結果「ケベック」を含めた「イギリス領カナダ植民地」は、
「アメリカ大陸会議」による独立革命への参加要請を拒否し、
13植民地の中でも独立に反対する王党派の移民も加え、
「カナダ」は「イギリス植民地」として残ることとなりました。

「イギリス植民地カナダ」は、
1867年にイギリス領で初めて自治が認められ、
1931年のウェストミンスター憲章でイギリス連邦が成立すると、
その一員として「イギリス」と対等な主権を持ち、
実質的な独立を達成しました。

そして、1982年に独自の憲法を制定し、
未だ形式的にはイギリス連邦に留まってはおりますが、
名実共に独立国家となりました。

「アメリカ合衆国」と「カナダ」はその成り立ちの違いから、
共に「イギリス」の植民地でありながら交わることなく、
別々の国として独立を果たすことになったのです。

【スタッフ日記】天皇杯

ヤブです。先日友人に誘われ、
東京六大学野球の秋季リーグ戦の開幕戦を観戦してまいりました

そこで初めて知ったこと・・・
天皇杯と言えばスポーツ大会などの優勝者、チーム等に与えられる
賜杯(しはい)で、またその賜杯が授与される大会名でございますが、
検索サイトで「天皇杯」と検索するとトップに話題が多く表示され、
元日に決勝を行う「サッカー」を思い浮かべる方も多いかと思います。

原則として1競技につき1つ、国内を統括する団体に与えられ、
各競技の日本選手権大会の優勝者、チームに授与されることが多く、
現在20以上の団体が天皇杯を下賜(かし)され所持しているようです。

例えば、上記の「サッカー」は、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)に
下賜された天皇杯が、JFAが主催するプロ、アマ混合のカップ戦
「天皇杯JFA全日本サッカー選手権大会」の優勝チームに授与され、

「バスケットボール」や「バレーボール」、
「柔道」「剣道」「弓道」等においても、
それぞれの統括協会や連盟に下賜された天皇杯を、
「天皇杯全日本選手権」で争うようです。

では「野球」はというと、
そう「東京六大学野球リーグ戦」の優勝チームに授与されると
恥ずかしながら初めて知りました

【スタッフ日記】霜

ヤブです。

最近の冷凍庫では見かけることはありませんが、
とあるこんな小さな冷凍庫の中で、

霜がこんなに成長してました

【冷凍庫からなんとか取り出した霜の塊】

ここまで大きくなるとガッチリ固まっていて、
取るのが非常に困難に・・・

どこにそんな水分が隠されていたのか?
長年の蓄積とはいえ、
ここまで成長していたとは驚きでした

【スタッフ日記】アジアならでは

ヤブです。
現在ジャカルタで開催されている「アジア大会」ですが、
日本選手の活躍もあり、
ついついテレビに釘付けの日々を過ごしております。

競泳では中国と激しいメダル争いを繰り広げ、
金メダル数は19で同数でしたが総数では上回り、
全種目でも既に前回大会の金メダル数を超え、
中国に次いで2位の結果を残しております。

その「アジア大会」、
アジアのオリンピックとも呼ばれ、4年に1度開催され、
多くはオリンピックでも採用されている競技が行われているのですが、
観戦しているとアジアならではの競技も実施されており、
普段あまり目にすることがない競技を観戦できるという点でも
興味深い大会です

気になって調べてみたところ、今回のアジア大会では、
・カバディ
・セパタクロー
・武術太極拳
といったアジア発祥の競技から、
・クリケット
・スカッシュ
・ボウリング
・パラグライダー
・ジェットスキー
といった競技やスポーツ以外でも
・ブリッジ

 トランプゲームの中で唯一、国際共通ルールが
 確立しているゲームのようです。
等々、他にもたくさんのアジア大会ならではの競技が
実施されているようです。

【スタッフ日記】気になっていたこと4-2(アメリカ大陸・中盤)

ヤブです。
今回は前回のアメリカ大陸に関しての疑問に関しての続きです。

アメリカ大陸は、
・北米を「イギリス」が、
・ブラジルを除く中南米を「スペイン」が、
・ブラジルを「ポルトガル」が
支配していたわけですが、
18世紀後半より本国からの独立が進んでいきます。

・「ポルトガル」の植民地は1つの国として
・「イギリス」の植民地は2つの国に分かれて
・「スペイン」の植民地は10以上の複数の国分かれて
独立していくわけですが・・・

 

1807年「ナポレオン」が「ポルトガル」に侵攻すると、
「ポルトガル」の王室は植民地であった「ブラジル」に逃げ込みました。

国王「ジョアン6世」は、
「ブラジル」を「ポルトガル」と同等の王国に格上げし、
連合王国としてナポレオンの没落後も、
ブラジルからポルトガルの統治を継続しました。

しかし1821年に「ポルトガル」本国で革命が起きたため、
王太子「ペドロ」を摂政として「ブラジル」に残しますが、
国王「ジョアン6世」は「ポルトガル」への帰国を余儀なくされました。

革命後の「ポルトガル」本国では国王も帰国したので、
対等の国となった「ブラジル」を再度、
植民地へ格下げする検討を始めます。

これに反発したブラジルの人たちは帰国命令を受けていた
王太子「ペドロ」を説得し、独立を決断させます。

「ペドロ」は1822年9月7日サンパウロ・イピランガの丘で、
剣を天空にかざし「独立か死か!」と叫び、ブラジル独立を宣言し、
皇帝「ペドロ1世」として即位します。

「ポルトガル」としても、王太子の国に攻め込むわけにはいかず、
大きな混乱もなく分裂もせず、
「ブラジル」は1つの国として独立を果たすことができました。

 
一方、「スペイン」の植民地はそうはいきませんでした。

「ポルトガル」同様、「スペイン」も「ナポレオン」に侵攻され、
混乱を期し植民地の統治まで目が行き届かなかった際に、
政治的経済的にスペイン本国の植民地政策に不満を持っていた
クリオーリョと呼ばれる植民地生まれのスペイン人が中心となり、
独立を目指し闘争を繰り広げていきます。

しかし、支配地域が広く地形的な複雑さや文化の多様さ等の理由より、
ひとつの機構で統治することができなかった「スペイン」の植民地は、
7つの行政区に分けられ統治されていたこともあり、
それぞれが別々に独立運動を進めていくことになります。

「サン・マルティン」や「シモン・ボリバル」といった人物の活躍もあり、
(そういえばこの二人の名前、覚えた記憶が・・・
「スペイン」との激しい戦いを制し、行政区ごとに独立を果たし、
そこから更にそれぞれの事情により分裂し、国家を形成していきました。

大まかではございますが、

① ヌエバエスパーニャ副王国 ⇒ 「メキシコ」
② キューバ総督府 ⇒ 「キューバ」「プエルトリコ(アメリカの自治領)」
「フロリダ(アメリカに併合)」
③ グアテマラ総督府 ⇒ 「グアテマラ」「ホンジュラス」「ニカラグア」
「エルサルバドル」「コスタリカ」「ベリーズ」
④ ヌエバグラナダ副王国 ⇒ 「コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、パナマ」
⑤ ペルー副王国 ⇒ 「ペルー」「ボリビア」
⑥ チリ総督府 ⇒ 「チリ」
⑦ ラプラタ副王国 ⇒ 「アルゼンチン」「パラグアイ」
(⑧ ブラジルからの独立 ⇒ 「ウルグアイ」)

とポルトガルの植民地が1つの国として独立したのに対し、
スペインの植民地は多くに国に別れての独立となりました。

【スタッフ日記】気になっていたこと4-1(アメリカ大陸・前半)

ヤブです。
唐突ですが、ずっと不思議に思っていたことがあります。
それはアメリカ大陸に関することなのですが・・・

・北米は何故「アメリカ」と「カナダ」の2カ国になったのか
・中南米はポルトガル語圏の国は「ブラジル」1つに対し、
スペイン語圏の国は複数に分かれているのか

私だけかもしれませんが、アメリカ合衆国の独立意外の
その他の国の成り立ちについてあまり目にする機会がなく、
(覚えていないだけかもしれませんが・・・
・「ポルトガル」の植民地は1つの国として独立し、
・「イギリス」の植民地は2つの国に分かれて独立し、
・「スペイン」の植民地は10以上の複数の国分かれて独立した
ということに疑問を感じながらもそのままなっておりました。

 
調べてみたところ、大まかではございますが・・・
早くからヨーロッパの外に目を向け新航路の開拓に力を入れていたのが
イベリア半島の両国「ポルトガル」と「スペイン」です。

当時勢力を拡大していた「オスマン帝国」が地中海の貿易に介入し、
域内を通過する商品に高い関税をかけたため、
ヨーロッパでは、アジアからの貿易品の価格が著しく上昇します。

当然の如くヨーロッパでは「オスマン帝国」を貿易から排除するため、
地中海を通らずアジアへ行く新しい航路の開拓が切望されました。

特に当時高値で売買されていたインドの香辛料を求め、

「ポルトガル」は、
アフリカ大陸を回ってインドにたどり着くルートを開拓します。

「スペイン」は、
インドに到達するためには大西洋を横断した方が早いと判断しました。
結果としてその判断が、アメリカ大陸の発見につながるわけです。

ヨーロッパ外における領有をめぐって度々衝突していた
「ポルトガル」と「スペイン」ですが、
協力してそれぞれの航路独占を強固なものにしようと
「トルデシリャス条約」「サラゴサ条約」と2つの条約を結びます。

両国以外の都合は一切考慮されず、この2つ条約により、
「ポルトガル」が、アフリカ大陸や西アジア及びブラジルを、
「スペイン」が、ブラジルを除く南北アメリカ大陸を、
支配することになりました。

「スペイン」はコンキスタドールと呼ばれた探検者たちが、
金銀財宝を求め中南米を中心に支配を進めていきますが、
北米の開拓には熱心ではなかったようです。

海外戦略において「スペイン」に遅れをとっていた
「イギリス」「フランス」「オランダ」など国々が、
「スペイン」が疎かにしていた「北アメリカ」に進出し
開拓を進めておりましたが、最終的には、
フレンチ・インディアン戦争で「フランス」に勝利した
「イギリス」が北米での覇権を握ることになります。

こうして大まかに、
・北米を「イギリス」が、
・ブラジルを除く中南米を「スペイン」が、
・ブラジルを「ポルトガル」が
支配することになるのです。

長くなりましたので、続きは次週にさせていただきます。

【スタッフ日記】名前

ヤブです。
5日のJリーグ「FC東京 VS ヴィッセル神戸 戦」は超満員でした


通勤時間に首都圏直撃も予想された台風13号は、
大きな混乱もなく首都圏を通過しましたが、
既に14号も発生し沖縄へ向かっているようで、
これから台風の進路にあたる地域の方はお気をつけてください。

 
ご存知の方も多いかもしれませんが、台風には別名がございまして、
13号は「サンサン」、14号は「ヤギ」というそうです。

 
台風の名前は、日本含む14カ国等が加盟している
「台風委員会」が決めていて、
発生順に予め用意された140個の名前から順番につけているようです。
140個付け終わったらまた最初からということで、
おおよそ5年で一巡しています。
(台風の年間発生件数は平年で25.6個)

「サンサン」は台湾が、「ヤギ」は日本が用意した名前で、
日本が用意した名前は「テンビン」「ヤギ」「ウサギ」
「カジキ」「カンムリ」「クジラ」「コグマ」「コンパス」
「トカゲ」「ハト」の10個、全て星座からとっているとのこと。
私にはピンとこない星座もありますが・・・

 
以前はなぜかアメリカが英語名(人名)を名付けていたようです。
 
熱帯低気圧のうち、太平洋北西部、南シナ海で発生し、
最大風速17.2m以上のものを「台風」と呼びます。

 
国際的には、最大風速64ノット以上(約33メートル以上)の
熱帯低気圧を発生している地域別に、
「タイフーン」太平洋北西部、南シナ海
「ハリケーン」大西洋北部、大西洋南部、太平洋北東部、太平洋北中部
「サイクロン」インド洋北部、インド洋南部、太平洋南部
と呼び分けているようで、
移動して地域が変わると呼び名も変わり、
「ハリケーン」に成長した熱帯低気圧が西に進んで、
「タイフーン」と呼び名が変わることもあるようです。

【スタッフ日記】残念なことに・・・

ヤブです。ちょっと前
久しぶりに大学時代の友人に連絡をとった際に、
世界的なサッカークラブ・FCバルセロナから
日本のヴィッセル神戸に移籍し話題となった
「イニエスタ」を見に行こうという話になり、
8月5日の対FC東京戦を見に行くことに決まり、
一般販売初日にチケット購入

スペイン代表の中心選手であった「イニエスタ」ですが、
ワールドカップ後の休養の間もなく、
Wカップ中断明けのJリーグに早々にデビュー

デビューの時期だけが不安でしたので、安心し、
当日の「イニエスタ」のプレーを楽しみにしていましたが、
残してきた家族を迎えに行くためと一時帰国

再来日は5日ということで、当日の試合出場は
無くなりました

仕方のないことで、非常に残念ではございますが、
当日は大学時代の友人との久しぶりの再会と、
久々のスタジアムでのサッカー観戦を楽しんできます

【スタッフ日記】今日だけ

ヤブです。
健康診断が無事終わり、特に問題もなさそうなので、
今日だけちょっと贅沢

昨年は健康診断が終わった後に油断して、
あっという間に体重6キロ増

もちろん健康診断に合わせて気を付けてても仕方ないのですが、
今年は今日だけで、明日からはまたちゃんと節制します

【スタッフ日記】肩こり解消!?

ヤブです。
いつのころからか肩がこるようになり、
気がついたら常にガチガチの状態に

最近あまりにもひどく、どうにかならないかと、
意識して日常的にストレッチをしてみたり、
姿勢を気をつけてみたりしつつ、
マッサージにも通っておりましたが、
軽くなったと思っても
効果は一時的ですぐに元のガチガチの状態に

もう解消されることはないのかなと
あきらめていたのですが、
何気なく肩こりについて調べていると、
どうやら寝方も影響しているということがわかり、
更に寝るだけ整体効果があるという寝方を発見

半信半疑で試してみると、効果覿面
朝起きた時に体が軽い軽い

方法は仰向けでまっすぐ上を見て寝た際に生じる
ベッドと首の隙間を埋めて寝るだけ。

バスタオルを半分に折りたたみ丸め
直径8~10cmくらいの棒状にすると、
ちょうど隙間を埋められます。

誰にでも効果があるのかはわかりませんが、
お手軽な方法で長年の悩みが解消しつつあり、
満足しております

加盟店NOW

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